【3】築40年の家からのスタート(前編)
熟睡とは程遠い一夜を過ごした。
はじめてネットカフェでシャワーを浴び
小さなスペースで
肘や膝を壁にぶつけながら
身支度を整える。
「どんな物件でもいいから、とにかく紹介してほしい。」
広島に降り立った時の希望に満ち溢れた表情は影をひそめ
2人して口を真一文字に結び
昨夜訪れた不動産屋の扉を開ける。
ただ待つ。
店主が口を開くのを。
目の前で物件情報が書いた紙を
パラパラとめくる音だけが店内に響く。
野太い声がようやく店内の空気を揺らす。
「この、築40年の一戸建てなら紹介できるかな。」
「…。」
「…、!?」
思わず言葉を失い、
半笑いで2人は顔を見合わせたが
店主は眉一つ動かさず、
こちらをみている。
「わかりました。こちらでお願いします。」
店主の無表情に、
もはや他の選択の余地がないことを
2人は同時に悟った。
もう、とにかく進むしかない。
なぜなら、後ろを振り返る選択肢はもうないのだから。
ルビコン川に架かる、引き返すための橋はもう川底に沈んでいたんだった。
続く。