【6】「思い」のバトン②:つながる信念
-ならば、自分でやるしかない-
鳴脇は安定したキャリアを捨て、新たな道を選びました。
そして、日興開発(現・日興ホーム)に入社し、
新しい場所で介護事業を展開しようとしました。
しかし、希望を胸に息巻いたのも束の間、
厳しい現実が待っていました。
情熱はあっても人材が足りない。
資金も十分ではない。
本業からの圧力もある。
何より、彼自身も介護の専門知識を持っていませんでした。
-知らなければ、自ら学べばいい-
鳴脇がまずしたことは、
介護に係る資格を取得することでした。
現場の様子や、
そこで必要な知識・スキルを獲得していきました。
このように事業化に向けて着実に地盤を固めて、
虎視眈々と介護事業のスタートに向け準備していきました。
こうした現場の知識を自ら獲得する姿勢が、
後の日興ホームの礎となっていきます。
紆余曲折を経て
平成15年に子会社
「誠友」
の代表取締役となり、
遂に介護事業をスタートしました。
しかし、試練は続いたのでした…。
(続く)